2006年5月の文章リスト

“ 2006年5月 ” 分の文。

Q

たった1つの答えを求めれば求めるほど
それが1つじゃないと思い知る
真実や事実はもしかしたらたった1つであるかもしれない
でも答えは1つじゃない
いろんなたくさんの「もしも」があるなかで
真実はたった1つしかないにしても
答えは決して1つじゃない
もしかしたら答えなんてないかもしれない
疑問ばかりがあるなかで疑うことが多すぎて
それさえ見つけられなくなる

目を細めてみれば
むこうの小高い丘さえ砂漠と映すように
疑問に目を閉じれば答えも消えてしまうかもしれない
疑問に目を向ければ答えとともに浮かんでくるかもしれない
もしかしたら疑問自体がその答えなのかもしれない

  • 2006年5月 8日 13:59
  • 松田拓弥
  • Poetry

【永遠】の時を超えて

そばにいて
ずっと僕のそばにいて
声にならない言葉を集めて
キミの背中に呼びかける

そっとキミを抱きよせて
同じ涙が僕の胸に染みこんでゆく
キミは涙を見せないから
同じ気持ちを僕にも伝えてほしいんだ

もう涙はいらないよ
キミの頬が濡れるときは
きっと笑いすぎたキミの笑顔
もう涙はいらないよ
僕はずっとキミのそばに
キミの涙が流れる前に
僕が隣で抱き止めるから


聴いてほしい
僕が感じるキミのすべて
キミの幸せ 約束なんてできないけれど
キミのその手をつないでくれないか?

きっとキミは笑うだろうけど
同じ気持ちで僕を迎えてくれるなら
いつかキミと笑って過ごせるように
同じ言葉を僕はここで誓うから


【永遠】なんて時間は超えて
ずっとずっとキミと並んで
手と手をつないでまた1つ
その1つ1つを胸に抱いて
季節のなかを歩んでゆこう
いくつも夜を越えてゆこう
キミの涙に気づけるように
キミの涙がこぼれることがないように


もう涙はいらないよ
キミの頬が濡れるときは
きっと笑いすぎたキミの笑顔
もう涙はいらないよ
僕はずっとキミのそばに
キミの涙が流れる前に
僕がいつでもそばにいるから
キミの涙も悲しみも
キミのすべてを受け止めたいから

  • 2006年5月 7日 20:40
  • 松田拓弥
  • Poetry

誰かの歌と、自分の在り方

「自分がちっぽけに思えて…」
「この空に涙を流したあの日の悲しみも小さく思えた…」
 かなりあるね!!
「誰にでも明日はくる…ちっぽけなこんな自分さえも受け入れてくれる、デッカい朝陽とともに昇る明日という朝が…」

 反吐が出らぁ~!!
 『勇気系』の歌にさ!! しかし、今なお根強い人気がありますなぁ~…。

 “ちっぽけ” なんかじゃねぇ~ぜ!!
 自分!!!!
 そうやっていろんなこと感じたり、思ったり、時に悩んだり、泣いたり…
 あの日の悲しみはちっちゃい?
 違うね!!
 デッカいんだ!!
 胸いっぱい悲しんで、頭がいっぱいっぱいになるまで思い悩んで、それのどこがちっさいってんでぃ!!
 それは、そんな “自分” にしかないものなんだから…

「…あの日の悲しみが今小さく見えたのは、あの日から自分がほんの少し大きくなれたから…」

 …自分って存在はデカいんです。
 まあまあ、ミュージシャンたちや作詞家さんたちもそれを伝えたいのかもしれないが、俺はあえて、こっちをもっと言葉にして伝えたい!!
 人間の存在は小さいかもしれない……そうかもしれない。
 でもね、そのなかにある気持ちってのは、何よりデッケ~んだよな……

 それをだね、食べ物がない人とか、病気の人とかと比べて、自分はまだ幸せなんだって感じるほうが、失礼ってなもんじゃねぇか?
 気休めにもなりゃしない。
 その人たちだって好きでそうなったんじゃないかもしれないけども、やっぱり結局は自分次第なんだと思う。むしろ、自分がそうやって生まれ持ったものにくよくよしてる人のほうが少ないんじゃない?
 親の代からそういう暮らしをしてたって、「こんな暮らしなんてもううんざり」とかつぶやきながら、ゴミ箱漁ってちゃ~、世話ないしな。

 好きでなったわけじゃないなら、好きなことやってみりゃいい!!
 本当にどうしょもない時は、仲間がいる!!
 頼り頼られること、人間としてあたり前のことなんだから!!
「困ったときだけ頼ってきやがって…」
 こんなことグチグチ言ってるやつこそ、器がちっちゃいってなもんだ!!

 自分をちっぽけだなんて、たとえ太陽が昇らなくなったって思うなァ~!!!!
 そんな歌詞がまだ出てないなら、俺様が作ってみんなに手渡して握手会でも何でもしたるっちゅーねん!!
 ただしその会場は、うちの前です…しかも夜中にですが…

  • 2006年5月 7日 10:47
  • 松田拓弥
  • Essay

口実

それが今一番ほしいもの…
伝わりますか?
ここから一番離れた貴女に…
だけどそれは貴女からは一番近くて
ただ僕からが一番遠いだけ
僕の届けたい言葉が貴女のなかで実る季節があるのでしょうか…


貴女を想えば想うほど、僕のなかから貴女の影が消えてゆく…
そして、ぬくもりだけが広がっていく…
貴女に触れた指先から、静かに優しく激しく強く僕の…


貴女が何度も振り返ってくれるたび
僕はそっぽを向いてきた
でも今は違う…
そう、今はもう貴女と向き合うことができる
そこにしかなかった幸せ見つけた気がしてる
そんな気がしてる…


忘れるために言葉をこうして重ねてきたけど
いつまで経っても終わりがこなくて
今でもそれを探してる…


でも、それじゃダメな気がしてる…


でも今は、それもイイと感じてきてる…


それも1つの形なんだから
僕のなかに今でもそれが残っているのだから…

  • 2006年5月 6日 23:34
  • 松田拓弥
  • Poetry

地図の上から

いつしか僕がここから消えたら
どこかに建った墓石には
どんな言葉が刻まれるのか

“たった5人の涙の結晶”

“ここで眠るためにこの世に起きて生まれた子”

“間違い”

“永遠なる安らぎを…”


いつか死ぬのはわかってる
だけどそれはわからない
ホントに限られた時間だけなのかもしれない
ホントに一瞬の映画みたいなものかもしれない
そんなの気休めにもなりはしない

だけど自分が生まれたことに理由なんてきっとない
それは生きてるあいだに自分で見つけるものだと思う
できればそれを刻んでほしい

“自分で理由を見つけた人”


だからそれまではやっぱり自分のベッドで眠りたい
もしもそれは明日見つかるかもしれないし
永遠の安らぎは生きてるあいだに見つけたい
たった5人でも涙を流してくれる人がいる
生まれてきたのは間違いなんかじゃない
こうして生きてるあいだにいっぱい悩んで
いっぱい泣いて たくさんつらい思いをして
自分を死ぬまで閉じ込める死という檻のなかで
そこで死ぬまであがいてみても 叫んでいつかはイカレても
その手錠は解けないわけだし

生きていくには希望が欲しい
砂のような唯一の願い
幸せになりたいと自分の胸に言い聞かせる
それが何よりのたった1つのホントの願い
だけどそれも曖昧で
自分だってはっきりとはわからないまま
いつものように彷徨い歩く
それがどこにあるかもわからずに
印もきっとなにもない地図を手に

白紙の地図が人生だ
自分の海も そこへと流れる自分の川も
自分で地図を作ってくんだ
そこに何を描くのかも どんな名前をつけるかも
地図を手にしたその日から
道はどんどんできてゆく
どこかのゴールを探すより
いつかまたそこに戻れるスタートを求めて

  • 2006年5月 6日 21:58
  • 松田拓弥
  • Poetry

僕の恋

いつもどおりの朝を迎えて
キミとのことを考えた
もうキミはいないから
もっと近くにキミを感じた

キミに伝えた「ごめんね」は
今は自分への慰めでしかない
涙を流すうつむくキミの長い髪に
僕は指先さえも触れられずに

そして僕は歩きだして
だけど僕は進めないまま
今もキミを想ってる
未練だけじゃないこと
それは僕が一番わかってる


いつもと違ったキミの声
そんなに弾んだ声がキミらしい
僕には忘れられない笑顔とともに
キミの指に結ばれた細いリング

それはキミが歩きだして
そこで見つけた新しい季節
今は幸せそうにキミは笑う
あの日の涙は嘘だったの?
そんな僕を許してほしい


本当に大切な人は
失って初めて気づくと誰かが言ってた

それは知ってた わかってた
失うことが怖かった
愛してるから別れたわけでもない
愛することが怖かったんだ
本気になれた恋だから…
きっと本気になりすぎて…


そして僕は歩きだして
だけど僕は進めないまま
今もキミを想ってる
未練だけじゃないこと
それがきっと僕の恋

  • 2006年5月 6日 18:58
  • 松田拓弥
  • Poetry

ときどき

よく晴れた月曜日
君と過ごす殺風景な街中で
時計だけが急かすように数字を変える
僕らはすぐに手と手をつないで
次の場所へと走ってくんだ

ときどき僕は時計の針を戻してみたり
だけど僕らが望むようには進まなくて
交差点でにらめっこをして
二人だけで笑ったね

君の買ったばかりのサンダルが
置いてきぼりになったとき
僕が拾ってまた置いてきぼりは君の脚に
ちょっと気取った僕に合わせて
君もちょっぴりお姫様
二人だけの月曜日

ときどき僕はテレビを見ながら思うんだ
「曇りときどき晴れ」なんて
曖昧すぎて待ちきれないから
「曇りときどき君の笑顔」
そんなホントに小さなことでも
僕は幸せな気持ちになれるんだ

独りになるのがさみしいのは
単に僕はひとりでいると時間ばかりが過ぎていって
他にはなんにもする気がしなくて暇なだけで
そんなときに君の笑顔が欲しくなる
君といるとなんだかすごく楽しいんだ

君がいないと僕は独りがさみしいんじゃなくて
単に僕が暇になるんだ つまんないんだ
だから君と一緒にいたいんだ
「強がり」だなんて言わないで
素直な気持ちを欲しがるけれど
いつか舌を抜かれたって君といたい
それが僕の楽しみなんだから

僕はときどき思うんだ
君がもし僕のそばを離れていったら…
僕はときどき思うんだ
君ともし僕がずっと一緒にいれたら…
だけどそれはそのとき考えよう
だって今は君が僕のそばにいるんだから

  • 2006年5月 6日 12:08
  • 松田拓弥
  • Poetry

Be Pure

外界との接触拒否。


普段からまわりとほとんどのコミュニケーションを絶ってしまってる人。
ネットの世界でも、なぜかそういう人が多いような気がしてならないこの頃…
たしかに、メールがきても、なんか訳のわからんダラダラと長いものがくると返事するのは面倒になることもある。ましてやコメントしづらい、その人にしかわからないような、まるで『日記』のようなメールだとなおさらだ。それは確かだ…届いたメールが長いと、その分やっぱり返事も必然的に長くなってしまうわけで…
100行のメールに、3行で返事をするのはなんかちょっと失礼な気がしないでもないわけで…
かと言って、億劫だからとメールを無視するなんてことはしない。できないタイプの人種らしくて…しかしながらそんなときは、メールを打ってるときの表情がそのまんま能面でございます。ただキーボードを打ちまくってるだけのような気分になってきて、<仕事か?>と思えるほどの猛烈なスピードと正確さと、仕様書でもあるのかというぐらいマニュアル通りの文体だったり構成だったり…
それでも返事は必ずだす…

で、全然話題は違う方向から始めてしまったようだけども、なぜか“ひきこもり”とか“コミュニケーション拒絶人”っていうのは、どうにもこうにもホームページを開設してる。
しかも凝ってる。
かなり凝ってる。
So Cool…背景は黒で統一、オペラ座ばりのグラデーション、たいそう綺麗なグラフィック。でも文字が見づらい。小さい。
そして何より、『掲示板』とか『Mailto』を強調してるかなっと思う。
つまりは、いっつもかっつも社交的な人よりも、段違いにも周囲とコミュニケーションを取ろうと努力しまくってるように感じる。
んで、確認するようにして “プロフィール” っていうのをクリックしてみる…

・外界とのコミュニケーション拒否
・根暗らしい
・鬱
・イカレぎみ
・精神的にデフレ状態
・人間関係がうざい
・まわりの人間は愚かすぎて付き合ってられない
…とか何とか、あとは、なんだか小難しい病名を載せてあったりと、とにかく自分の両手間隔の距離と自分の中身に沈んでる人が多かったりしないでもない。

思ふ…

逆に、そういう人のほうが人との触れ合いを必要としてるし、それを大切にしようとしてるんじゃないか、と。

ホームページって、なんかすごい個人的なものっぽいけども、やっぱりそれって今一番のコミュニケーション手段じゃないかと思えてくるこの頃でもあるわけで…
なんか人って、やっぱり素直になるのは難しいのかなとも改めて思ってみたり…

さてさて、やっとパソコンを買ってインターネットにつなげるような環境になって、いろんなホームページを見れるようになってみて、なんかヤバイ感じがする…
どう考えても “個人” ってやつが、どんな大企業のそれよりも、メチャンコ存在が大きくなってきてるんじゃないかと…んで、プロより詳しい素人ってやつのほうが多いような気さえするネット世界で、その個人が好き放題言えるのもまた、これはイイようで悪いような気がする。
たしか “個人的な独断と偏見で○○○” というのが必ずといっていいほどトップページについてたりするけども、なぜか人を見下したようなページが多い…
 匿名性を隠れ蓑にして、もし万が一とかいざっていう事態を避けてる。
 きっと言いたいことはこうだろう。
 “好き放題言わせてもらうけど、これはあくまで個人の言論の自由であり、それに文句があるなら見なくてけっこう”
 なんだそれって感じだけど、そのひと言がネットの世界っていうのを如実に物語ってるんだろうな。
 だからネットの世界じゃ“リアル”だとか“キャラ”っていう言葉があたり前のように使われるんだろう。
そして、どんどん排他的になってる傾向もあるような…
なんか変なオカルト的な宗教団体でも作れそうな世界でもあるような気さえしてくる…
現にそういう事件も起こってるのか、あれは単なる映画の世界だけなのか…
危ういところなんじゃないかなぁ~…


とはいえ人様のやることにどうのこうの言えたもんじゃないけども、とまあやっぱりどうでも良かったりするわけだな…


でも、一応サスペンスみたいな小説を書こうとしてる俺としては、パソコンの普及に関して一部迷惑なことがある。

“…この2人が出逢ったのは、単なる遊び心から始まったメル友であった…”

今じゃもう普通に現実的で実際に多いことだろうし、十二分にあり得ることなんだろうけど、でも読み手にとっては“都合がいい”とか“展開にムリがある”とか、あっさり“あり得なぁ~い”とか、逆に簡単すぎてそんな謎が謎を呼ぶ本なんて、おもしろくもなんともないものぉ~ぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!!!
 ホント、なんでもありになっちゃうわよ。
 たぶん、実際にはフィクションよりリアルのほうが、そうなってきてんだろうけどさ。

  • 2006年5月 5日 22:08
  • 松田拓弥
  • Essay

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