想う

 泣いた。
 涙が出てきた。
 止められなかった。

 その大事な人のことをしゃべっていたら、まるでさざ波のように静かな涙が押し寄せてきた。
 最近その人とのあいだに、なにかしらわからないけど距離を感じるようになってしまっていた。
 でも明らかに態度でそう示されてるとかじゃない。それはなんとなく、肌で感じるもの。感じてしまうもの。
 実際には、そんなの勝手な妄想なのかもしれない。
 触れられるものじゃない。触れたわけでもない。目には見えない。形もない。お金じゃ買えない切符がある。
 どうしても、こらえることができなかった。
 でもこれは、流していいもんだとも思った。だれも見てない。我慢することでもない。そんな制限だってどこにもない。
 でもやっぱり、がんばっていた。
 上を向いて、下を向いて、深呼吸して、また大きく息を吐いて。
 でもダメだった。
 こぼれた。
 そして、1度流れてしまった涙は、もうなにをやっても止められなかった。
 しゃべりながら涙を流し、それをまた戻そうとするかのように鼻をすすった。咳も出る。
 ムリに泣くのをやめようって思いながらも、自分でもどうすることもできないっていう葛藤みたいなグルグルの渦巻きのなかにいる感覚。
 あふれた瞬間、それまでの倍以上にも光が増えたような錯覚に陥る。景色が歪む。床もにじむ。いつの間にか自分の手のひらが目の前にある。
 とめどなく涙が落ちていった。
 それは、そこにある気持ちや言葉も同じだった。

 熱くなる。
 泣くと、体が熱くなる。
 まるで火傷しそうなラーメンをムリしてでも、湯気のもうもうと上がっているうちに食べようとしてるような感じ。
 だけど汗は出ない。
 泣いたときの熱は逃げていかない。逃がす必要もない。しばらくのあいだ、そこでこもってる気がする。
 ただ、その熱を感じていた。

 まつ毛が濡れてる。
 朝露のように、景色の上に浮かんで見える。
 しゃべってるあいだ中ずっと、涙が途切れることはなかった。
 だけど、それはやがて止まった。
 全部吐き出したんだと思った。
 大切だと思う気持ち。
 距離を感じるようになって、そこから生まれてきた不安や葛藤、後悔、それまでの感謝、いろんなこと。
 修復したいという願い。
 だけど、涙が止まったときは不思議に思う。なぜ泣いていたのか、一瞬わからなくなる。
 気持ちよくて、清々しささえある。
 まるで夜明けみたいだ。

 とめどなくあふれる気持ち。
 一緒に流れる涙。
 どちらも大事で、どちらも熱い。
 “心の汗”とかなんとか言うけれど、乾いたとしてもにおわない。
 本当に怒ったとき、泣けてくるっていう人もいるだろう。
 でも逆に、ものすごく冷静になるっていう人もいるだろう。
 “女の武器”ともいう。
 でもそこには、その人なりの何かがあって、それによってそれが人の心を動かすだけの気持ちがあるってことなんだろうと思う。もし騙すにしたって、それだけ大きなものがあるってことで、簡単に人の心なんて騙せるもんじゃないとも思う。
 涙って、やっぱりものすごく感情がたかぶったときにあふれてくるものだと思う。
 きっと心の限界点みたいなもの。沸点でもいい。
 その気持ちや出来事を心だけじゃ受け止めきれなくなったときそれは、あふれて、こぼれる。
 言葉以上に、言葉も含めて気持ちを語る。その気持ちがあらわれる。
 言葉や気持ちにそんなのおかしいのかもしれない。
 でも、それらの究極が“愛”であるなら、そう信じて、そう呼びたい。

 想い。
 結局、涙は人のために流すものじゃない。誰かのために流せないし、流れない。
 自分のためであり、自分の上に流れてゆく。
 それを見守ってくれたり、拭ってくれたりするのが人っていうだけのことだ。
 悲しいときや苦しいとき、つらいときには泣いてしまう。自分自身を支えきれなくなったりする。
 だけど自分の涙が流れて改めて、またその気持ちに気づいたり、わかったりする。実感する。
 想うこと。願うこと。
 がんばろうとか、負けないぞとか、大切さとか……
 嬉しかった。

 言葉や気持ちにもし、形があるとするならば、それが涙なんじゃないのかな。
 愛ってやつも、そんな形をしてたらいいな。

  • 2006年9月 9日 00:07
  • 松田拓弥
  • Essay

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