2006年7月の文章リスト

“ 2006年7月 ” 分の文。

現実と虚構の螺旋

 人の心のなかにこそ、ある。

 【リアル】

 人の心のなかにだけ、ある。

 【真 実】

 フィクションだからこそ、それがあって、よりリアルに感じてしまう。


 もしそれが本当に現実であったなら、人はきっと傍観者になれない。

 怖い。

 ホラー映画とかを観たら、結局は夜に眠れなくなってもこう自分に言って聞かせる。

「あれはフィクションだ」

 フィクションだからと言えども、でも、現実に起こりうるからこそ感じる。

「あり得ない」

 自分のなかでなにかのつじつまを合わせるように、まるでそれに縛られたように、そのなかで流れていた“時間”だけを追っていく。

 ………。

 もっとも非現実的で、もっとも現実的なもの。

    【死】

 ………。

「あり得ない」

   【恐 怖】

   【 夢 】

   【 愛 】

 ホントの恐怖も、ホントの愛も、現実には誰にもわかりゃしない。

 誰かが作りあげた虚構のなかにそれを見つけて、ともに涙を流したり、背筋を凍らせ震えたりする。


 “人は、自分以外の誰かの頭のなかに住みたがる”


 人がもっとも怖いのは、人。

 人がもっとも怖いのは、自分。

 誰かに嫌われたくないのも、人の目を気にするのも、そのすべては自分のなかにあるのだから。

 フィクションのなかにこそ、人は、それを見いだす。


    【リアル】


 人を惑わす【現実】のなかの【真実】が、そこにある。


    【フィクション】

 なにもかもが起こりえる、今そこにもある現実。

 なにもかもが起こりえる、今もそこにある虚構。

  • 2006年7月14日 00:06
  • 松田拓弥
  • Essay

PM6:38

人の気持ちを考えながら書いた詩に
どれだけ僕のホントの気持ちがあるんだろう

思いはする
映画を観たり本を読んだりする
いろんな人と出逢ったりする
そんななかで自分以外の話を聞く
感じたり触れたりする
その人のことをほんの少しだけわかれた気がした
そしてその気持ちを綴ってみる

それはその人だけの経験かもしれない
だけど気持ちは僕なんだ

心のなかじゃ空も飛べる
血がにじむぐらい人を愛せる
それはたしかに僕の気持ちだ
僕のホントの気持ちなんだ

  • 2006年7月13日 19:51
  • 松田拓弥
  • Poetry

 普段、“感情的”ってやつになることがない。

 でも、“歌”と寄り添ってるときだけは違う。

 自分が1番感情的になれるのが、ぼくにとっては歌にある。

 だからぼくは歌いたい。

 どれだけ涙を流したか…

 今、泣きたくても泣けないっていう人が、どれだけいるだろう…

 ぼくは、そういう人たちが泣ける場所を作りたい。

 一緒に泣けたらいいと思う。

 泣けない人が流したその涙に気づいてあげられたら、ぼくはそれでいいと思う。

 もしも“心”がそれだとしたら、ぼくは、そのスイッチを押してあげたい。

 ぼくには、涙に触れることを許してほしい。

 それが“歌”だと思ってる。

 -人の心に触れる言葉-

 -人の涙をなぞる詩ー

 -ともに流した涙の祈り-

 だからぼくは歌いたい。


 泣いちゃいけない男はいない。

 男だって泣いていい。

 男だって泣いたらいい。

 誰がダメだと言えるだろう。

 もっと涙を流せばいい。

 どんなに泣いても涙は枯れることはないんだよ。

  • 2006年7月13日 19:34
  • 松田拓弥
  • Essay

そこじゃ狭い

人がいて、初めて自分を知る。

人がいなきゃ、自分すら見失う。

自分で自分を想うことも、人がいなきゃわからない。

そんな世の中、住みづらい。

だけど人がいなきゃ、もっと住みづらい。

退屈だ。

自分がいて、人がいて、初めて自分も、人も、楽しくなれる。

一人遊びに慣れてしまうと、二人で遊ぶにはここじゃ狭い。

だけど広い場所でも、自分だけは見失わない。

  • 2006年7月13日 02:08
  • 松田拓弥
  • Essay

夢のつづき

 女は目覚めたあとの夢を追い、男は、目覚めるまでの夢を追う。

 だから男は夢精する。


 …ああ、台無し…

  • 2006年7月13日 00:08
  • 松田拓弥
  • Essay

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 ちょっと妖しいかなと第六感が告げるようなコメントやトラックバックは、絶対にクリックしないでください。

 以前、あまりにひどいので、エロいとこへのトラックバックやコメントとは、うまく共存していこうと決めましたが、一応は節度ある程度でお願いします。

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 何個も万個もやりたいときは、一応その詩やらエッセイやらへの感想を1つお願いします。

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  • 2006年7月12日 03:06
  • 松田拓弥
  • Diary

理由

 頭の片隅に浮かんでは消えて、その束縛から逃れられなくなる。

 人それぞれに、それは存在して、消化して、昇華して……また再生して。

 理由を探し、見つけては、また別の理由を探し、見つける。
 別れを経て、また新しい別れを選ぶ。
 出逢いを踏みしめながら、また新しい出逢いを求めては、そのなかに点在する出逢いをつむぎ、散る。

 人間は、なにかを築きあげ、創造するとき、同時に、それを破壊する方法を探す。

 理由が欲しいなら、それをまず一生懸命やってみよう。
 あとから気づくものこそ、理由であり、希望なのだから……

 理由を血眼になって探すより、それを取っ払ってがんばれるそんな自分を見つけよう。

 【無我夢中】

 ……イイ言葉です。

 炎を見つめるほど、その影に目を奪われる……

  • 2006年7月11日 16:26
  • 松田拓弥
  • Essay

ふと覚める

ホントに大切なものなんて
手にしてみなきゃわからないんだ
なにを残して なにを捨てるかなんて
それに触れてつかんでみなきゃ
それがなにより大切なところで
気づくことなんてできやしないさ

実感のない幸せなんて
夢となんら変わらない
寝て起きたら覚めちゃうんだよ

自分自身を騙せることが
もしかしたら一番の幸せなのかもしれない

  • 2006年7月10日 00:21
  • 松田拓弥
  • Poetry

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